平成28年8月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(行ケ)第4号選挙無効請求事件
口頭弁論終結日平成28年7月4日
判決
京都市伏見区(略)
原告 吉岡由郁理
同訴訟代理人 弁護士南出喜久治
 
京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町
被告 京都府選挙管理委員会
同代表者委員長 梅原勲
 
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 
事実及び理由
 
第1 請求の趣旨
   平成28年4月24日施行の衆議院京都府第3区選出議員補欠選挙を無効とする。
第2 事案の概要
 1 事案の骨子
   本件は,平成28年4月24日に行われた衆議院京都府第3区(以下「本件選挙区」という。)選出議員補欠選挙(以下「本件補欠選挙」という。)につき,同日当時,本件選挙区の選挙人であった原告が,本件補欠選挙に関する事務を管理する被告に対し,公職選挙法(以下「法」といい,必要に応じて改正法を指摘する。)204条に基づき,本件補欠選挙の無効を求める事案である。
   なお,原告の主張は,後記3のとおりであるが,原告は,本件において,衆議院議員小選挙区選挙の投票価値の平等(いわゆる「1票の格差」)を争点としないことを明らかにしている。
 2 前提事実等
   以下の事実は,証拠(甲2,5)及び弁論の全趣旨により明白に認めることができる。
  (1) 原告は,本件補欠選挙が行われた平成28年4月24日当時,本件選挙区の選挙人 名簿に登録されていた選挙人であった。
  (2) 本件補欠選挙は,平成26年12月14日に行われた衆議院議員総選挙(以下「前回総選挙」という。)において,本件選挙区で当選人となり,衆議院議員であった宮崎謙介が,平成28年2月16日に議員辞職したことにより,実施された補欠選挙である。
  (3) 前回総選挙は,平成6年の公職選挙法等の改正により,従前の中選挙区単記投票制に代わって導入された,いわゆる小選挙区比例代表並立制によるものである。本件補欠選挙当時の制度の概略は,以下のとおりである。
   ア 定数等
     衆議院議員の定数を475名とし,そのうち295人を小選挙区選出議員とし,その選挙(以下「小選挙区選挙」という。)は,全国に295の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出し,その余の180人を比例代表選出議員とし,その選挙(以下「比例代表選挙」という。)は,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出する(平成28年法律第49号による改正前の法4条1項,13条1,2項,別表第1,第2)。
   イ 立候補の方法
     小選挙区選挙における候補者の届出は,所定の要件(@当該政党その他
の政治団体に所属する衆議院議員又は参議院議員を5人以上有すること〔法86条1項1号〕。A直近において行われた衆議院議員の総選挙における小選挙区選挙若しくは比例代表選挙又は参議院議員の通常選挙における比例代表選出議員の選挙若しくは選挙区選出議員の選挙における当該政党その他の政治団体の得票総数が当該選挙における有効投票の総数の100分の2以上であること〔同2号〕。)のいずれかに該当する政党その他の政治団体(以下「候補者届出政党」という。)又は候補者若しくはその推薦人が行うものとされる(法86条1項ないし3項)。
     比例代表選挙における立候補は,上記の候補者届出政党又は当該選挙区における議員の定数の10分の2以上の衆議院名簿(以下「名簿」という。)登載者を有する政党その他の政治団体(以下,候補者届出政党と合わせて,「名簿提出政党」という。)が,団体の名称とともに,当選人となるべき候補者の順位を記載した名簿を届け出ることにより,名簿登載者を候補者とすることができる(法86条の2第1項)。名簿提出政党のうち候補者届出政党は,重複立候補を禁ずる法87条1項の規定にかかわらず,その届出に係る候補者を同時に比例代表選挙の名簿登載者とすることができ,このようにして両選挙に重複して立候補する者については3名簿における当選人となるべき順位を同一のものとすることができる(法86条の2第4,6項)。したがって,候補者届出政党に所属する者は,重複立候補をすることができるが,それ以外の者は,重複立候補をすることができない(法87条)。
   ウ 投票及び当選人の選定等
     投票は,小選挙区選挙では,投票用紙に候補者1名の氏名を記載させ(法46条1項),有効投票の最多数を得た者をもって当選人とするが,有効投票総数の6分の1以上の得票がなければならない(法95条1項1号)。
     比例代表選挙では,投票用紙に1の名簿提出政党等の名称又は略称を記載させ(法46条2項),得票数に応じて各名簿提出政党の当選人の数を算出し,名簿の順位に従って当選人数に相当する各名簿提出政党の名簿登載者(ただし,重複立候補者のうち,小選挙区選挙において当選人となった者を除く。)を当選人とするものとしている(法95条の2第1,4,5項)。小選挙区選挙において当選人となれなかった同一順位の重複立候者は,小選挙区選挙における得票数の当該選挙区における有効投票の最多数を得た者に係る得票数に対する割合(いわゆる惜敗率)の最も大きい者から順次,当選人とするものとされている(同条3項)。ただし,小選挙区選挙で得票数が有効投票総数の10分の1に達しない名簿登載者は,比例代表選挙においても,当選人となることができない(同条6項,93条1項1号)。
   エ 供託金及びその没収
     小選挙区選挙に候補者の届出をしようとするものは,候補者1名につき300万円(又はこれに相当する額面の国債証書。以下同じ。)の供託を要する(法92条1項1号)。小選挙区選挙に立候補の届出をした候補者の得票数が,有効投票総数の10分の1に達しないときは,上記供託金は,国庫に帰属する(法93条1項1号)。
     比例代表選挙に名簿を提出した名簿提出政党は,名簿登載者1名につき600万円(重複立候補者については,300万円)の供託を要する(法92条2項)。上記による供託金の合計額が,小選挙区重複立候補者の当選者数に300万円を乗じて得た金額と比例代表選挙当選者数に600万円及び2を乗じて得た金額との合計額に達しないときは,その差額相当額が,国庫に帰属する(法94条1項)。
   オ 小選挙区選挙の選挙運動等
     小選挙区選挙に候補者の届出をした候補者届出政党は,候補者本人がする選挙運動とは別に,自動車,拡声機,文書図画,ポスター等を用いた選挙運動や新聞広告,演説会等を行うことができるほか(法141条2項,142条2項,144条1項1号,149条1項,161条1項等),候補者本人はすることができない政見放送をすることができる(法150条1項)。
   カ 公務員の立候補制限等
一定の職種を除く公務員(衆議院議員を含む)は,衆議院議員又は参議院議員が,当該議員の任期満了により行われる選挙の候補者となる場合を除き,在職中,公職(衆議院議員,参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の職。法3条)の候補者となることができない(法89条)。
上記により公職の候補者となることができない公務員が公職の候補者となった場合には,その届出の日に当該公務員を辞職したものとみなされる(法89,90条)。
   キ 議員が欠けた場合の措置
衆議院(比例代表選挙選出)議員の欠員が生じた場合には,その議員が所属する名簿提出政党の名簿順位(同順位が複数ある場合は前記ウの惜敗率)の上位者が繰上当選人となる(法112条2項,3項)。
     衆議院(小選挙区選挙選出)議員の欠員が生じた場合には,同一得票者から当選人を定めることができる場合を除き,当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会は,補欠選挙を実施しなければならない(法112条1項,113条1項1号)。
  (4) 前回総選挙において,本件選挙区で当選人となったのは,宮崎謙介であり,民主党(当時。平成28年3月に維新の会と合併し,民進党となった。以下,
単に「民進党」という。)から立候補していた泉健太は,本件選挙区で落選したものの,重複立候補をしていた比例代表近畿選挙区で当選人となった(甲2)。
  (5) 宮崎謙介は,平成28年2.月16日,議員を辞職したため,その補欠選挙として,本件補欠選挙が実施されることとなった。
泉健太は,上記(4)のとおり,前回総選挙の比例代表近畿選挙区で当選人となり,衆議院議員の地位にあったものの,本件補欠選挙に立候補したことに伴い,衆議院議員の地位を失った(法89,90条)。これにより,民主党の名簿登載候補の惜敗率での次点者であった北神圭朗が,繰上当選人となった。
  (6) 平成28年4月24日,本件補欠選挙が実施され,泉健太が当選人となった。同日当時の有権者数及び投票状況等は,下記のとおりである(甲5)。
   ア 当日有権者数34万4172人
   イ 投票者数10万3650人(うち有効投票数9万9426人)
   ウ 投票率30.12%
   エ 当選者得票数6万5051票(投票者数に対する得票率62.76%)
  (7) 原告は,平成28年5月20日,本件訴訟を提起した。
 
3 争点及び当事者の主張
(原告の主張)
 (1) 25%ルール(下記ウ参照)について
  ア 日本国憲法(以下「憲法」という。)1条は,日本国民の総意による国民主権を定めるとともに,憲法43条1項では,代議員を選挙により選出することにより,日本国民の総意を認識しようとする代議制(間接民主制)を採用する。したがって,代議員の選挙は,国民主権及び民主主義の具体的発現であるから,選挙制度は,日本国民の総意が,議会における議席数の構成と同等かつ同価値となるものが求められており,多数決原理が厳格に適用されなければならない。
  イ そうすると,少なくとも投票率が過半数を超えなければ,選挙自体が国民主権の発現とは認められず,無効というべきである。
また,当選者の得票率が過半数に達しない場合には,本来は,過半数基準による選出を繰り返す方式によらざるを得ず,決選投票によって当選者の得票率が過半数を超えることが求められるというべきである。そうすると,決選投票を予定しない選挙制度において,当選者の得票率が過半数に満たなくともよいとする比較多数原理(相対多数原理)を許容する場合には,当該選挙における死票が過半数に達していることを意味し,国民総意の選択からかけ離れたものとなるから,到底容認できない。
  ウ 以上を踏まえ,決選投票を予定しない選挙制度において,辛うじて多数決原理に則り,ある程度国民総意を反映し,民主主義に適合すると認められる選挙制度を想定するならば,投票率が過半数となることを絶対条件とした上で,投票率と最多得票者の得票率との積が25%を超過することが求められる(以下,投票率及び得票率に関する原告の上記見解を「25%ルール」という。)というべきである。
  エ 本件補欠選挙においては,そもそも投票率が30.12%であり,過半数どころか,代議制議決に要求される議事定足数の3分の1(憲法56条1項)にも満たないから,既に無効なものである。
    また,本件補欠選挙の当選人となった泉健太の得票率は62.76%であるが,仮に,投票率の制約を度外視しても,投票率と得票率との積は,25%に達していない。
 (2) 政党優遇制度の差別性について
  ア 政党は,民意と議会とを繋ぐ導管的役割を果たすと説明されるが,世論調査の結果,無党派層が多数を占める現状にあっては,政党は,当初の期待に反し,もはや民意を吸収して反映する役割を果たし得なくなっている。
  イ それにもかかわらず,政党助成法は,ある程度の得票率を得て政党要件を満たした既成政党にのみ政党助成金を交付する一方で,法は,法定得票数を得ない候補の供託金を没収することとしており,これらの制度は,供託金の調達ができない政治団体や個人について,実質的に参政権を制限するものであり,また,法の下の平等に反している。
  ウ また,無所属候補は,選挙運動の面においても,政党公認候補と比べ,@政見放送に出演できないこと,A掲示板以外にポスターが貼れない(所属政治団体のポスターが貼れない)こと,B比例代表選挙への重複立候補ができないこと,C政党用ビラや政党用ハガキが認められないこと,など様々な差別があり,実質的な選挙制限となっていることは,公知の事実である。
  エ 本件補欠選挙は,現行の公職選挙法による衆議院議員総選挙(小選挙区選挙及び比例代表選挙)と不可分一体であるから,総選挙と同価値でなければ,選挙の平等性を欠く。したがって,補欠選挙においても,限定的にでも,比例代表選挙に対応した制度保障がなければならず,その制度の不備は,選挙の平等を欠くもので無効である。
 (3) 現行の小選挙区比例代表並立制について
前記(1)及びAを前提とすると,そもそも,投票率の下限を定めず,決選投票も予定せず相対多数原理を採用する小選挙区選挙は,多数決原理を採用したことにはならず,必然的に多くの死票を発生させるものであるから,国民主権及び民主主義の原理に反するものである。また,比例代表選挙は,政党要件を満たさない政治団体や無所属の立候補を許さない政党優遇制度であり,法の下の平等に反するものである。このような現行の選挙制度は,二大政党制を実現させるために導入されたものであるが,このような立法目的は,民意の正確な反映とは無関係であり,国民主権や民主主義の原理に反するもの
である。
 (4) 被選挙権の濫用について
    本件補欠選挙で当選人となった泉健太は,前回総選挙では,本件選挙区で落選したものの,民主党の公認候補としてした重複立候補により,比例代表近畿選挙区において復活当選しながら,あえて衆議院議員の地位を辞職し,本件補欠選挙に出馬して再び衆議院議員となったものであるから,明らかに被選挙権の濫用であり,この点からも,本件補欠選挙は無効である。その狙いは,泉健太が衆議院議員を辞職しても,民主党の比例代表近畿選挙区の名簿の次点者である北神圭朗が繰上当選人となり,民進党(旧民主党)としては,議席が減らないことを利用した不当な選挙戦略によるものである。
(被告の主張)
 (1) 25%ルールについて
  ア 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,国政における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。憲法は,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという基本的な要請(憲法43条1項)の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(同条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについて国会に広範な裁量を認めている。
    したがって,選挙制度については,国会がその仕組みについて具体的に定めたところが,上記のような基本的な要請や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため,上記のような裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである。
  イ 法は,衆議院議員の小選挙区選挙において,投票率に関する基準を置かず,得票率についても,当選に必要な得票数を有効投票総数の6分の1以上とするにとどまり(法95条1項本文),法定得票数以上の得票を要件とした上での相対多数制を採用しているが,そのことが,国民主権原理等の憲法の要請に反するものとは認められない。
    また,各選挙区における最高得票者をもって当選人とする小選挙区制度により当選人を定めることが,選挙人の総意を示したものではないとはいえなえいから,小選挙区制度は,選挙を通じて国民の総意を議席に反映させる1つの合理的方法ということができる。
    そうすると,現行の小選挙区制度が,国会が定めた選挙制度の仕組みとして,その裁量権を逸脱するものとは到底いえない。
 ? 政党優遇制度の差別性について
   国会が,政党の重要な国政上の役割に鑑み,衆議院議員の選挙制度の仕組みを政策本位,政党本位のものとすることは,その裁量の範囲に属するものである。そして,小選挙区選挙の選挙運動に関する法の規定が,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するともいえない。
   また,比例代表選挙における政党優遇を主張する点については,小選挙区選挙の補欠選挙である本件補欠選挙の無効を求める訴訟において,問題とすることはできないというほかない。
 (3) 現行の小選挙区比例代表並立制について
    現行の小選挙区比例代表並立制が憲法に違反しないことは,前記(1)のとおりであり,本件訴訟において,比例代表選挙の憲法適合性を問題とすることができないことは,上記(2)のとおりである。
 (4) 被選挙権の濫用について
  ア 法204条の選挙無効訴訟において主張し得る無効原因は,法205条1項の「選挙の規定に違反することがあるとき」と定められているところ,これは,主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき,又は直接そのような明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときを指すものと解される。
  イ 被選挙権又は立候補の自由は,選挙権の自由な行使と表裏の関係にある重要な基本的人権であるところ,法は,衆議院議員選挙において,比例代表選挙において当選人となった後,その地位を辞職した上で,小選挙区選挙に係る補欠選挙の候補者となることは,何ら制限していない。そうすると,原告主張の事情があったとしても,上記アに該当しないことは明らかである。
 
第3 当裁判所の判断
1 25%ルールについて
 (1) 原告は,決選投票を予定しない小選挙区制による本件補欠選挙について,憲法の国民主権及び民主主義の原理に適合する選挙制度であるためには,投票率が5割を超えることを前提に,これと得票率との積が25%を超えることを要する(25%ルール)旨主張するので,以下,検討する。
 (2) 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,国政における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。憲法は,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという基本的な要請(憲法43条1項)の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(同条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについて国会に広範な裁量を認めている。したがって,国会が選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが,上記のような基本的な要請や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため,上記のような裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである(最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁,同昭和58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,同昭和60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,同平成5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,同平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,同平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁,同平成19年6.月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁,同平成23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁等)。
 (3) そして,本件補欠選挙は,本件選挙区の小選挙区選挙として実施されたものであるところ,原告は,小選挙区制度が国民主権の原理等に抵触する旨主張するから(前記第2の3(1)及び(3)),まずこの点から判断する。
    小選挙区制は,全国的にみて国民の高い支持を集めた政党等に所属する者が得票率以上の割合で議席を獲得する可能性があって,民意を集約し政権の安定につながる特質を有する反面,このような支持を集めることができれば,野党や少数派政党等であっても多数の議席を獲得することができる可能性がありノ政権の交代を促す特質をも有するということができ,また,個々の選挙区においては,このような全国的な支持を得ていない政党等に所属する者でも,当該選挙区において高い支持を集めることができれば当選することができるという特質をも有するものであって,特定の政党等にとってのみ有利な制度とはいえない。小選挙区制の下においては死票を多く生む可能性があることは否定し難いが,死票はいかなる制度でも生ずるものであり,当選人は原則として相対多数を得ることをもって足りる点及び当選人の得票数の和よりその余の票数(死票数)の方が多いことがあり得る点において中選挙区制と異なるところはなく,各選挙区における最高得票者をもって当選人とすることが選挙人の総意を示したものではないとはいえないから,この点をもって憲法の要請に反するということはできない。このように,小選挙区制は,選挙を通じて国民の総意を議席に反映させる1つの合理的方法ということができ,これによって選出された議員が全国民の代表であるという性格と矛盾抵触するものではないと考えられるから,小選挙区制を採用したことが国会の裁量の限界を超えるということはできない(前記最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11.月10日大法廷判決)。
 (4) さらに,原告は,25%ルールを充足しない本件補欠選挙は,国民主権の原理等に抵触する旨主張する。
    しかしながら,投票率が過半数に達しなかったとしても,自主的に投票に赴き,積極的に意思表示をした国民による有効投票の最多数をもって当選人を選定することが,選挙人の総意を示したものではないとはいえない。また,当選人の選定に相対多数を得ることをもって足りるとすることについても,上記(3)の説示に加え,法は,小選挙区制の選挙については,有効投票総数の6分の1以上の得票がなければ当選人にならない旨の規定(法95条1項1号)を置くことにより,一定の配慮を加えているということができる。他方,有権者の過半数の投票率が確保できない選挙を無効とした場合には,無効な選挙により再選挙を余儀なくされる事例が増加すると考えられるし,これを防止するために投票義務を課し,何らかの制裁の下に投票を強制する場合には,そもそも,そのこと自体,投票を国民の権利として規定する憲法15条1項や選挙人の無答責を定める同条4項との適合性に疑義が生じかねない。
   これらを勘案すれば,少なくとも,強制(義務)投票制度を採用せず,任意(自由)投票制度を前提にした投票制度とすることは,不合理であるとはいえない。
   そうすると,投票率には特に制限を設けず,投票義務を定めない任意(自由)投票制度を前提として,当選人の得票率にのみ上記の限度での制限を置く現行法の規定は,国民の総意を議席に反映させる1つの合理的方法ということができ,これによって選出された議員が全国民の代表であるという性格と矛盾抵触するものではないと考えられるから,25%ルールを採用しないことが,国会の裁量の限界を超えるということはできない。
  (5) 以上により,原告の前記(1)の主張は,採用できない。
2 政党優遇制度の差別性について
  (1) 原告は,小選挙区選挙の選挙運動に関する制度や規制が,無所属候補と政党公認候補との比較において,後者を優遇するものであって,法の下の平等に反する等と主張する。
    なお,原告の主張のうち,候補者届出政党に所属する者が比例代表選挙への重複立候補が認められることが不平等であるとの主張を含め,比例代表選挙について主張する点については,そもそも,小選挙区選挙として施行された本件補欠選挙の無効を求める本件において,主張自体,失当というべきである。したがって,以下では,その余の点について判断する。
 (2) 平成6年の衆議院議員の選挙制度の改正は,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするためにされたものと解されるところ,政党は,議会制民主主義を支える不可欠な要素であって,国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから,国会が政党の重要な国政上の役割に鑑みて衆議院議員の選挙制度の仕組みを政策本位,政党本位のものとすることは,その裁量の範囲に属するものであることが明らかである。憲法は,各候補者が選挙運動の上で平等に取り扱われるべきことを要求しているというべきであるが,合理的理由に基づくと認められる差異を設けることまで禁止しているものではないから,国会の具体的に決定したところが裁量権の行使として合理性を是認し得ない程度にまで候補者間の平等を害するというべき場合に,初めて憲法の要求に反することになると解すべきである。
    法の規定によれば,小選挙区選挙においては,候補者のほか,所定の実績を有する政党等のみがなることのできる候補者届出政党にも選挙運動を認めることとされているのであるが,このような立法政策を採ることには,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという国会が正当に考慮することができる政策的目的ないし理由に照らして相応の合理性が認められ,これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない。
    そして,候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される以上,候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運動の上で差異を生ずることは避け難いところであるから,その差異が合理性を有するとは考えられない程度に達している場合に,初めてそのような差異を設けることが国会の裁量の範囲を逸脱するというべきである。
    自動車,拡声機,文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告,講演会等についてみられる選挙運動に関し,法の規定における候補者間の選挙運動上の差異は,前記第2の2(3)オのとおりのものであるが,それは,候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものであり,候補者届出政党に所属しない候補者が行い得る各種の選挙運動自体がその政見等を選挙人に訴えるのに不十分であるとは認められないことに鑑みれば,上記のような差異が生ずることをもって,国会の裁量の範囲を超え,憲法に違反するとは認め難い。法150条1項が政見放送を候補者届出政党にのみ認めることとしたのも,候補者届出政党の選挙運動に関する他の規定と同様に,選挙制度を政策本位,政党本位のものとするという合理性を有する立法目的によるものであり,政見放送が選挙運動の一部を成すにすぎず,候補者届出政党に所属していない候補者が行い得るその余の各種の選挙運動がその政見等を選挙人に訴えるのに不十分であるとはいえないこと,小選挙区選挙に立候補した全ての候補者に政見放送の機会を均等に与えることには実際上多くの困難を伴うことは否定し難いことなどに鑑みれば,政見放送に係る相違の一事をもって上記の差異が合理性を有するとは考えられない程度に達しているとまで断ずることはできず,これをもって国会の合理的裁量の限界を超えているものということはできない(前記最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決,同平成23年3月23日大法廷判決等)。
 (3) 原告は,政党が民意を吸収して反映させる役割を果し得なくなっているとして,政党本位の選挙制度そのものに対して疑問を呈するものである。しかしながら,そのような見解は,上記Aで認定,判断したとおり,政党が,議会制民主主義を支える不可欠な要素であることや,国民の政治意思を形成する有力な媒体であることなど,憲法上,重要な機能や役割を有していることを正解しないものであり,採用できない。
   また,原告は,政党助成制度と相まって,供託金の没収制度についても,同様に既成政党への優遇であり,法の下の平等に反する旨主張する。しかしながら,上記1Aで認定,判断したとおり,憲法は,選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(憲法43条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについて国会に広範な裁量を認めているところ,真に当選を争い,選挙運動を通して政治的主張をする意思がないにもかかわらず,選挙運動を通じて他の候補者の選挙運動を妨害したり,売名行為に利用されることを防止するために,立候補の条件として供託制度を設け,法定得票数が得られなかった場合に,これを国庫に帰属させるものとすることは,供託金の金額や法定得票数の定めに照らしても,必ずしも不合理なものとはいえず,上記の国会の裁量の限界を逸脱したものということはできない。
 (4) したがって,小選挙区選挙の選挙運動に関する法の規定は,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとはいえない(前記最高裁平成11年(行ツ)35号同年11月10日大法廷判決,同平成23年3月23日大法廷判決等)。
 
3 現行の小選挙区比例代表並立制について
  原告の主張のうち,小選挙区制度に関するものは,前記1で判断したとおり理由がなく,比例代表選挙に関するものは,上記2(1)で示したとおり,主張自体失当である。
  なお,原告は,現行の小選挙区比例代表並立制を,二大政党制を実現させるために導入されたものであるとして,その立法目的が不当である旨主張するが,そのような立法目的により現行の小選挙区比例代表並立制が導入されたものであることを認めるに足る証拠はない。また,現行の選挙制度が,政策本位,政党本位のものとするためにされたものであり,そのこと自体が国会の合理的裁量の限界を超えていると認められないことは,上記2で判断したとおりである。
4 被選挙権の濫用について
 (1) 原告は,前回総選挙の比例代表選挙で復活当選した泉健太が,これを辞して,前回総選挙の本件選挙区で当選した宮崎謙介の辞職に伴う本件補欠選挙に立候補することが,被選挙権の濫用である旨主張する。
 (2) ところで,本件訴訟は,選挙人が民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)である法204条の選挙無効訴訟として選挙人たる資格で提起したものであるところ,民衆訴訟は,裁判所法3条1項の「法律上の争訟」ではなく同項の「その他法律において特に定める権限」に含まれるものとして,「法律に定める場合において,法律に定める者に限り,提起することができる」ものとされている(行政事件訴訟法42条)。そして,法204条の選挙無効訴訟について,同条は選挙人又は公職の候補者のみがこれを提起し得るものと定め,法205条1項は上記訴訟において主張し得る選挙無効の原因を「選挙の規定に違反することがあるとき」と定めており,これは,主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接そのような明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときを指すものと解される(最高裁昭和27年12月4日第一小法廷判決・民集6巻11号1103頁,同昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号838頁,同平成14年7月30日第一小法廷判決・民集56巻6号1362頁,同平成26年7月9日第二小法廷決定・裁判集民事247号39頁)。
 (3) そして,泉健太による本件補欠選挙への立候補は,原告の主張によっても,選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することを主張するものとは認められない(なお,法87条の2は,議院の許可を得て小選挙区選出の衆議院議員若しくは選挙区選出の参議院議員を辞した者又は公職の候補者となったことによりこれらを辞したものとみなされた者は,当該辞し,又は辞したものとみなされたことにより生じた欠員について行われる補欠選挙における候補者となることができない旨定めるにとどまる。)。
   また,原告の主張は,泉健太が衆議院議員を辞職し,本件補欠選挙に立候補したことの動機,あるいは,同人を公認する民進党(旧民主党)の姿勢に関するものにすぎない。したがって,仮に,原告が主張するとおり,泉健太が衆議院議員を辞職し,本件補欠選挙に立候補したことに伴い,前回総選挙の際に民主党が提出した名簿から繰上当選人が選定され,民進党(旧民主党)の議席が減少しないという背景事情があったとしても,その適否又は当否は,本件補欠選挙における選挙人の投票行動を通じて判断又は評価されるべきものであって,本件補欠選挙を無効としなければ選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるものとは認められないというべきである。
 (4) 以上によれば,原告の被選挙権の濫用に関する主張は,法204条の選挙無効訴訟における無効原因としては,法律上予定されていないものというべきであるから,本件訴訟の主張としては,失当といわなければならない。
 
第4結論
以上によれば,原告の本件請求は,理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 
大阪高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官