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トップページ > 各種論文目次 > H18.08.05 DNA論で皇統を語ることの危険性

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民族戦線社はこの論文を重要かつ緊急性のある提言として位置づけ、広く世論に訴えます。


DNA論で皇統を語ることの危険性

最近、とみにDNA論で皇統を語る言説が多くなつてゐる。しかも、男系男子の伝統を擁護する者の中には、神武天皇Y染色体論を持ち出す者も多く、また、女系を容認する者の中には、天照大御神が女性神であるから女系が許されるなどとする天照大御神X染色体論(女性神論)を持ち出す者も出てきてゐる。しかし、男系男子の皇統を護持しなければならないのは当然であつても、このやうに、皇統をDNA論で語ることが皇統を護持することについて如何に有害であるかについての警鐘を鳴らしたい。

 

まづ、はつきりさせておきたいことは、生物学や遺伝学において、このDNAの意味するものは、これが「死」と「性差」の起源であるといふことである。

性の区別(性差)があるものは、交合生殖によつて種族保存を実現するために、例外なくDNAを持ち、そして必ず個体は死に至るといふ宿命がある。もし、神に性差があるとすれば、それはDNAを持つ存在となり、寿命の長短はあつても、いづれは死を迎へるのであつて、「神は死んだ」と叫んだニーチェの言葉が正しかつたことが証明される。

はたして、神に死があることを認める信仰が世界にあるのか。古事記上巻を素直に読めば、伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)とはそれぞれ「男性神」と「女性神」であり、それゆゑにイザナミノミトコは死んで(神避りましき)黄泉國へ行つたとされてゐる。しかし、イザナギノミコトはどうして死なないのか、イザナギノミコトが禊祓して「左の御目を洗ひたまふ時に」、その男性神からどうして天照大御神が生まれるのか、どうして急にイザナギノミコトは女性神となつたのか、そのときの男性神は誰なのか、などといふ粗野ではあるが素朴な疑問に対峙するとき、このやうな解釈で果たしてよいのかと戸惑ふことになる。

つまり、この神話は何らかの寓意であつて、神の世界では、死といふものはなく、黄泉國も死後の世界を意味しない。また、性の区別もなく、その「作用」があるだけである。「礼之用、和為貴」(礼の用は和を貴しと為す。論語)や、「能に体、用(ゆう)の事を知るべし。体は花、用は匂いの如し。」(至花道)といふやうに、物事の本質や本源を「体」とし、その作用や働きを「用(ゆう)」として区別すれば、神には、性別の「体」はなく「用」があるのみである。

つまり、イザナミノミコトや天照大御神は「女用神」であつて、「女体神」ではない。また、イザナギノミコトや建速須佐之男命(タケハヤスサノヲノミコト)は、「男用神」であつて「男体神」ではない。神に性差を認めることは、そのDNAを認めて死を宿命付けることとなり、神道としては成り立たない。

それゆゑ、神武天皇Y染色体論から必然的に生まれるものは、その神武天皇のY染色体はどこから由来したのかといふ疑問であり、その探求をして行くと、ついにはイザナギノミコトY染色体論へと辿り着くことになる。そして、その過程で生まれるのが、天照大御神X染色体論である。ここまで来れば、神武天皇の神格どころか、天照大御神の神格を否定し、ついには神世七代と別天つ神五柱のうち「身を隠したまひき」とある神々について、これを「死」と解釈してこれらの神格をも否定するに至る必然性を持つてゐる。

そもそも、神武天皇Y染色体論とは、「男系男子の皇統」といふことを表現する手段として、未解明な遺伝学のDNA論の流行に便乗し、「男系男子の皇統」といふ伝統的な言葉を「神武天皇Y染色体の継承」といふ新しい言葉に置き換へれば、解らない者も解つたやうな気分に浸れるといふ外連味(けれんみ)の効果を狙つた小賢しい言説であつて、決して「男系男子の皇統」であるべき根拠を示すものではなく、何ら深みのある見識ではない。それどころか、その説明の手段として用ゐたDNA論が却つて皇統を辱めることになるのである。

このやうに、ミトコンドリア・イヴやY染色体アダムなどの議論に振り回されるDNA論から派生して、神武天皇Y染色体とか、天照大御神X染色体(女性神)とかの議論を以て皇統を語ることが許し難い誤りであることの大きな理由が、まさにここにある。

そして、さらに、DNA論には、もう一つ大きな誤謬がある。

それは、DNA論は紛れもなく「唯物論」であるといふ点である。天皇の血統といふこと自体が唯物論であるが、皇統にとつて最も重要なものは、血統とともに、皇霊(すめらみたま)を継承する霊統なのであり、その核心に宮中祭祀がある。

DNA論では、この皇霊を全く説明できないし、なによりも、これ自体を否定するものである。

思ふに、そもそも、男系男子の皇統が伝統として守られてきた根拠は、主に次の三点である。①女人禁制の宮中祭祀が存在すること、②天皇は大元帥の地位にあること、③閨閥による皇位簒奪の危機を回避すること、である。

男系男子の皇統は國體を構成する伝統であつて決して理屈ではない。これは最高規範たる國體そのものである。皇統は、皇祖皇宗の血統の器に皇祖皇宗の皇霊(すめらみたま)を受け継ぐ霊統を意味するものであつて、その血統と霊統の証を核心付けるものが宮中祭祀であり、この宮中祭祀のうち、天皇自ら行ふ祭典(大祭)には、春季皇霊祭や秋期皇霊祭のやうに女人禁制の儀式がある。

また、肇国以来、天皇は躬ら大伴物部の兵(つはもの)どもを率ゐた大元帥であることから男子でなければならない。明治政府においても、明治11年に参謀本部ができ、翌12年に「天皇自ら大元帥の地位に立ち給ひ、兵馬の大権を親裁し給ふ」との布告が出され、明治15年には「朕は汝等軍人の大元帥なるぞ」との軍人勅諭が完成してゐる。つまり、「統帥」は、主に「国務」を規律した明治22年の帝國憲法よりも早く完成してをり、これが統帥権の独立といふ過度の政治的主張の根拠ともなるのであるが、いづれにせよ、ここにも、大元帥は男子天皇でなければならないとする伝統の明徴が見られる。

そして、蘇我氏、藤原氏、平氏などの君側が勢力を伸長するのは、常に天皇との閨閥を強化する過程を辿り、これにより閨閥政治が行はれて私物化されてきた歴史があり、もし、男系男子の皇統を護持しなかつたならば、閨閥による皇位の簒奪が繰り返されることになつたはずである。それゆゑ、このやうな混乱と危険から皇統の安泰を図り、閨閥による皇位簒奪の危機から皇統を護持し続けるための叡智として男系男子の皇統を守り続け、これが國體規範となつたのである。

このやうに、この男系男子の皇統の根拠は、これらの理由によつて続けられてきたその「伝統」といふ國體規範に求めるられるものであつて、決して神武天皇Y染色体論といふ軽薄なものを根拠とするものではない。この神武天皇Y染色体論に与して男系男子の皇統護持を主張することは、皇統を唯物的、生物学的なものとして蔑む元凶となり、天照大御神X染色体論(女性神論)に対して全く反駁できずに完敗する。

警戒すべきことは、皇統を辱め、皇統断絶をさせる明確な意図を持つて、あへて神武天皇Y染色体論を唱へ、これが天照大御神X染色体論(女性神論)に敗北することを論理的、科学的に必然であることを明確に想定してゐる者の集団が居ることである。そして、その集団の言説に引き摺られ、多くの無明の者が騙されて、この神武天皇Y染色体論に同調してゐるのが現状である。まさに「ハーメルンの笛吹き男」と、これに惑はされたネズミの大群と多くの子供たちである。

この天照大御神X染色体論(女性神論)に対する反駁は、DNA論ではその敗北は必至であり、今まで述べてきた「伝統論」でなければ不可能である。それは、これまでの理由に加へて、以下のやうに反駁すべきものである。

仮に、天照大御神からの皇統の源流が、初めは女系から出発したものであるとしても、それは一回的な「先例」であつて反復継続した「伝統」ではない。歴史的に見ても、一回的な「先例」は単なる例外であつて、今日まで反復継続して守られてきた「伝統」といふ大原則を改変する力はない。女系容認は、「先例」と「伝統」とを完全に混同し、意図的にすり替へるものである、と。

平成18年8月5日記す 南出喜久治

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