自立再生政策提言

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連載:千座の置き戸(ちくらのおきど)【続・祭祀の道】編

第六十九回 緊急勅令と憲法停止

とつくにの ちぎりをのりと みまがひて まつりごつやみ はらひしたまへ
(外国の契り(条約)を法(憲法)と見紛ひて政治する闇祓ひし給へ)

いはゆるポツダム緊急勅令(昭和20年勅令第542号)については、國體護持総論で詳しく述べたとほりである。


その緊急勅令とは、「政府ハ「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ連合国最高司令官ノ為ス要求ニ係ル事項ヲ実施スル為特ニ必要アル場合ニ於テハ命令ヲ以テ所要ノ定ヲ為シ及必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得」とする極めて簡潔な内容のものであつた。


これは、我が国が、ポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印したことによつて、我が国は独立を奪はれ、GHQによる占領政策を受容するために、帝国憲法第8条に基づき、昭和20年9月20日に公布(同日施行)され、その後、同年11月27日に、第89回帝国議会で承諾議決されたものなのである。


帝国憲法第13条の講和大権を行使してポツダム宣言を受容したのであるから、その実施のためには、既存の帝国憲法秩序に抵触したり違反したりする事態が生ずることが当然に予測される。そもそも、GHQによる完全軍事占領を受け入れ、我が国が非独立状態となつてその占領政策に従ふことは、独立国の憲法である帝国憲法体制による統治とは明らかに矛盾する事態となるはずである。


帝国憲法の効力が存続したままであれば、憲法秩序と占領秩序とが正面衝突する。これを解消するためには、緊急事態に対応する緊急勅令に頼らざるを得ない。しかし、緊急勅令と雖も、帝国憲法下で認められた権限であつて立憲主義に違反することはできず、しかも、緊急勅令は法律と同等の効力しかないので、帝国憲法を廃止したり否定することは不可能となる。そこで、帝国憲法はそのまま存続させたまま、一時的にその「効力」を「停止」させることしかなかつたのである。


そこで、このポツダム緊急勅令によつて、それを公布する根拠となつた帝国憲法第8条と、GHQ占領が終了して戦争状態を終了させた上で講和条約を締結し独立を回復するための講和大権(同第13条)など、GHQ占領政策とは矛盾抵触しない諸条項を除く帝国憲法の規定のすべてを停止させることになつたのである。


これによつて、暫定的に法体系上の矛盾が解消できるのである。つまり、帝国憲法体制を破壊しないまま、占領政策を受容するためには、この緊急勅令が必要不可欠なものであつたのである。


ころが、そのポツダム緊急勅令の下で、帝国憲法の改正がなされ、占領憲法が成立したとするのであるが、仮に、占領憲法が憲法であるとすれば、その第9条では「交戦権」が認められないため、我が国が講和独立することは不可能なのである。

すなはち、交戦権(The right of belligerency)とは、アメリカ連邦憲法の云ふ戦争権限(War Power)のことであり、帝国憲法第13条で定めた天皇の外交大権(宣戦、停戦、講和の大権)と同じ権限のことであるから、交戦権が認められてゐない占領憲法では、サンフランシスコ講和条約などの講和条約を締結して我が国が独立回復することは到底不可能なことなのである。


つまり、ポツダム緊急勅令によつても、占領政策とは矛盾しないものとして停止されなかつた帝国憲法第13条に基づいて、昭和26年9月8日にサンフランシスコ講和条約を調印することができたことになる。


そして、昭和27年4月28日には、同講和条約が発効して、我が国は独立を回復するとともに、GHQ、対日理事会、極東委員会が廃止され、極東委員会による我が臣民の自由意思の「再検討」が実施されないまま本土だけで独立するに至つた。


さらに、同日、「ポツダム宣言の受諾に伴ひ発する命令に関する件の廃止に関する法律」(昭和27年法律第81号)が施行され、ポツダム緊急勅令は廃止された。


このやうな経緯からすると、ポツダム緊急勅令は、独立回復時に廃止されるまで存続したのであつて、その存在根拠となる帝国憲法も停止されたままで現存してゐたことになるのである。


もし、帝国憲法が占領憲法と入れ替はるやうに改正されて帝国憲法の憲法的規範性が完全に喪失したといふのであれば、遅くとも占領憲法の施行時(昭和22年5月3日)には、帝国憲法の消滅と同時にポツダム緊急勅令も失効してゐるとすることでなければ矛盾することになる。親亀(帝国憲法)が転けたのに、子亀(ポツダム緊急勅令)が転けない筈はないからである。


さうすると、ポツダム緊急勅令が廃止された昭和27年4月28日には、その存在根拠となる帝国憲法は現存してゐたことになり、その後に消滅したとする法的な事実もないので、現在も存続してゐることになる。


さらに、そもそも、ポツダム緊急勅令によつて帝国憲法が停止状態になつてゐたのであるから、占領憲法を憲法として制定するためには、その効力が停止されてゐた改正条項(第73条)を停止状態から一時的に解除させる新たなポツダム緊急勅令を公布施行する措置がない限り、帝国憲法改正手続に着手することは不可能なのである。それゆゑ、これがなされないままの改正手続は違憲無効であることは多言を要しないところである。


また、帝国憲法第75条には、「憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」と規定されてゐるが、この規定は、占領政策と矛盾抵触するものではないので、その効力は停止されてゐないものである。それゆゑ、占領期には帝国憲法の改正自体が認められない。すなはち、独立時においても、天皇が御不例などの事情により摂政が置かれるといふやうな、通常予測しうる国家の変局時ですら憲法や典範の変更ができないにもかかはらず、非独立の完全軍事占領下といふ予測外の異常な変局時には、帝国憲法が停止されてゐるか否かとは無関係に、そもそも改正手続をしてはならないのは当然のことである。


「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」の条約付属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」第43条(占領地の法律の尊重)によれば、「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ、占領者ハ、絶対的ノ支障ナキ限、占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ、成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ。」と規定されてゐた。これは、帝国憲法第75条から当然に導かれるものであり、当時の国際法であつたことから、我が国は批准したのである。

しかし、連合国は、これに違反して帝国憲法の改正を強要したのであり、これは条約違反であることは勿論のこと、そもそも帝国憲法第75条に違反する行為であるから、絶対的に違憲無効なのである。


しかも、ポツダム宣言第10項には、「日本国政府は、日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし。」とあり、帝国憲法体制における民主主義的傾向の「復活」(revival)を求めるだけであつた。つまり、改革すべきは帝国憲法自体ではなく、その運用面における支障の除去にあつたことを強く指摘してゐたものであつて、帝国憲法を改正しなければならないやうな「絶対的ノ支障」などは全くなかつたのである。


それゆゑ、占領憲法の制定は、帝国憲法に基づく正規の改正可能状況と改正手続によるものではないから、その手続のみならず内容についても全て違憲無効なのであり、GHQとの講和条約の限度で有効と評価されるに過ぎないのである。


以上の論理は、これまでの真正護憲論(講和条約説)の理論を、さらに角度を変へて補強するものとして留意されるべきである。




南出喜久治(平成29年2月15日記す)


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