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いはゆる「保守論壇」に問ふ ‹其の十二›
領土問題と拉致問題

昭和31年の日ソ共同宣言は、日ソ間の戦争状態を終結させたもので、これは交戦権(戦争権限)のない占領憲法を根拠として締結されたものではなく、帝国憲法第13条の天皇による講和大権によつて締結されたものであることは自明のことである。


戦争状態を終結させたとしても、それは戦争を終結したことではない。戦争の終結は、戦争によつて引き起こされたすべての事象を最終的に解決するための平和条約の締結によつてなされる。


つまり、日ソ共同宣言は入口条約であり、昭和48年の日ソ共同声明、平成5年の東京宣言や去る12月16日の安倍首相とプーチン大統領との日ロ首脳会談などは、最終講和に向けての中間交渉ないしは中間条約に過ぎないのである。


日ソ共同宣言は、我が国が泥棒国家連合の国際連合に被害国である我が国が国際社会への復帰との名目で加盟するためのもので、以後において平和条約(最終講和)が締結された場合に、歯舞、色丹を引き渡すことが約束されたが、国際法上我が国の領土である千島全島と南樺太の返還は、最終講和によつてその時期と方法が決定するといふことである。つまり、少なくとも平和条約締結時に、まづその一部である歯舞と色丹が直ちに返還されるといふ意味なのである。


ところが、占領憲法が憲法であると臣民を欺して洗脳し続けた敗戦利得者の政治家、官僚、学者どもが、「固有の領土論」を持ち出して、四島だけの返還を求めることによつて今日に至つてゐるのである。四島返還に限定する主張をした段階で、我が国はすでに講和交渉に敗北してゐるのであつて、このことは今回に限つたことではない。


そもそも、「固有の領土」とは、歴史的にどこまで遡つて「固有」といふのかが定まらない。そして、その究極において、国家成立以前あるいは国家による先占以前に遡ると、どの国の領土であるのかは不明であるとの結論に至るからである。


領域(領土、領海、領空)の取得について考察すると、まづ、「先占」の点であるが、これについてはアイヌ民族などによる先住性が認められるために、いづれの国においても先占は成り立たない。それは、西サハラ事件やパルマス島事件の裁判所の意見や判決の基準に照らしても当然である。


千島樺太交換条約と、ポーツマス条約によつて、千島全島と南樺太は、我が国の領土として帰属したが、ソ連が火事場泥棒的にこれらを侵略したのである。平穏な方法でない侵略的な軍事占領では、領土取得の成立要件とはならないことを国際法に従つて堂々と主張すべきである。さうすると、未だに千島全島と南樺太とは、国際法上において我が国の領土なのである。


確かに、サンフランシスコ講和条約第2条には、「日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」とあり、千島列島及び南樺太を放棄するとしたが、その相手国であるソ連は同条約に調印しなかつたので、同条約第25条により、我が国が千島列島(得撫島以北)と南樺太の領有権放棄の効力は発生しない。つまり、同条には、「この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第23条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つ之を批准したことを條件とする。・・・」とあるからである。


放棄といふのは、単独行為、すなはち、相手の承諾を得ずしてできると解されてゐるが、これまで、「放棄」といふ単独行為によつて領域の取得原因とする国際法はなかつた。この場合の「放棄」といふのは、実質的には「割譲」といふ領域の取得原因を意味するのであつて、相手国が、同条約の当事国とならなかつたことは、仮に、我が国が放棄(割譲の申入)をしたとしても、それを予め拒絶することであるから、我が国の放棄(割譲の申入)は合意に至らずして失効し、撤回されたことになる。といふよりも、ソ連が相手国として調印することを「条件」として放棄するといふ「条件付放棄」であるといふべきであつて、相手国不調印のため、条件不成就により失効してゐるとも解される。それゆゑ、未だに、得撫島以北の千島列島と南樺太は、我が国が領有してゐることになる。


ところが、国際法上の論理を用ゐずに、「固有の領土論」を持ち出すことは、領土問題における敗北を意味する。「固有」といふのは、どこまで遡るのか、有利に援用できる面もあるが、結局のところ、遡れば遡るほど帰属未定地となつて固有の領土を失ふ論理に陥る。領土問題については、時効の論理だけでは不十分であり、国際条約を根拠に領土論を展開すべきなのである。

なぜならば、もし、我が国が、領土取得の基点を「固有」といふ歴史、沿革に依拠する根拠を持ち出すのであれば、ロシアもまた、その歴史的沿革を持ち出してくる。歴史的には、確かにアイヌ民族の先住性は認められても、約300年前からロシア人がカムチャツカ半島から南下し、毛皮目的のラッコの捕獲などを開始し、安永元年(1772+660)には、千島アイヌとロシア人が衝突してロシア人が島から退去するも、再びロシア人の南下による活動は続いてゐたことからして、得撫島を含め千島列島全域には先住民としてアイヌ人と後住民のロシア人とが混住してゐた事実がある。そして、ロシアとしては、アイヌ人を「自国」の先住民とみなしてこれを国内問題であると主張し、ロシア側もまた「固有」性も持ち出して来ることも可能となるのである。つまり、ロシア人とアイヌ人との混住事実論とアイヌ人自国民論の両者で、「固有性」を主張することもできる。そうすると、我が政府のいふ「時効の論理」(固有の領土論)の主張も盤石ではなく、早晩崩れてくることになる。そもそも、遠い過去において、どの民族がどの地域において原始的な先住民族であつたかといふことは、科学的に証明されてはゐない。たとへば、北海道アイヌについても、その祖先は、日高海岸に漂流した女神と同所に住んでゐた狼(ホロケウ)との間にできた子供の末裔とするアイヌ伝説があることからしても(更科源蔵)、これは渡来系の混血型民族であり原始的先住性があるとは云へないからである。


また、パルマス島事件の判決要旨にもある「領域主権の継続的かつ平和的な行使は、権原としては十分に有効である」とする論理からすれば、遲くとも安政の条約以後は、擇捉以南の千島について、「領域主権の継続的かつ平和的な行使」をしてきたのであつて、その経過事実を以て領域主権の権原とすべきであつて、これは、「時効」に類似した権原の主張として有力なものである。そして、この論理は、千島全島及び南樺太がソ連によつて侵略されて占領されてゐることから、ソ連とその継承国のロシアの占領は、「平和的な行使」ではない。それゆゑ、たとへこれからも如何に長期に亘つてロシアが千島全島と南樺太について領域主権を主張し実効支配を継続してきたとしても、それは、領域の取得の権原とはならないのである。


ところが、政府にはこの論理が理解できず、依然として、「固有の領土」といふ「時効」の主張しかしてゐないのである。そして、我が国は放棄したがソ連がサンフランシスコ講和条約に調印してゐないので、ソ連が領有したことにならないから、千島列島(得撫島以北)と南樺太は「帰属未定地」であるとするのである。敗北したことからくる卑屈さもさることながら、武裝解除を容認し続け、武力による奪還ができない状況で、帰属が未定となるやうな領土の放棄は、その住民(臣民)の遺棄(棄民)を伴ふものであり、これほど無責任な行為はないのである。


從つて、我が国は、ロシアとの講和條約を締結する以前に、直ちに、サンフランシスコ講和条約第2条の撤回と失効をロシアに対し主張し、千島全島と南樺太の領有権を堂々と主張すべきである。


ところが、我が国政府は、この不可解な「固有の領土論」に拘り続けてきた。そもそも、固有の領土であるとして、四島返還を求めたしても、それを全部認めさせるといふことは、ソ連の後継国ロシアが外交的に全面的に完全敗北することであつて、そんなことは到底あり得ないことである。領土問題の範囲を千島全島と南樺太にまで広げた上で、その妥協として四島返還を勝ち取るといふ外交戦略でなければ領土問題が解決できるはずがない。


さらに言へば、千島全島と南樺太に土地の所有権その他の権利を有してゐた島民(日本人)の権利(邦人財産)は存在してゐたのであるから、その邦人財産が侵奪されたことを理由とする賠償請求は可能であるのに、それが全く議論されない。全損の賠償を求めれば、その賠償が履行されると賠償者の代位の法理(民法第422条参照)によつて、島民は所有権等を失ふが、その所有権等を留保して、その使用収益の賠償のみを求めることもできるのであるが、それすら求めない。


そして、政府は、何とかの一つ覚えといふか、四島返還のみに拘り、しかも、固有の領土論で思考停止してゐる。千島全島と南樺太の返還を求めるのは、政党では日本共産党だけであるといふ皮肉な状況である。


ましてや、安倍は、今回の日ロ首脳会談の翌17日、日本テレビのインタビューにおいて、プーチンが、日ソ共同宣言で引き渡すとした歯舞、色丹は、その領土主権を返すとは書いてゐないと主張してゐることを明らかにしたのである。これは、以前からプーチンが主張してきたことを安倍首相が初めて認めたことになる。


我が国に領土主権があるから返還するのであつて、領土主権がないのに引き渡すのは、租借などしかないが、そんなことは一言も書いてゐない。租借であれば、「返還」ではなく、新たな「引渡」なのである。しかし、こんな自明のことをプーチンは平気で詭弁を弄するのである。


ソ連とその後継国であるロシアは、「約束はしたが、約束を守るといふ約束はしてゐない」といふ詭弁を平気で云ふ邪悪な国家であり、だから日ソ不可侵条約を違法に破棄して宣戦布告し、北方領土を侵略占領してたのである。


そのことを本来であれば、政治と外交の専門家ならば、一番解つてゐるはずなのに、あまりにも豊富で雑多に秘密情報に翻弄されて、微視的な領土交渉の経緯を深読みして分析を行ふといふ、まさにマニアの世界に入り込んで、「木を見て森を見ず」といふ状態に陥つてゐる。


技巧的でマニアックなことしか考へられない領土問題マニアたちの助言によつて安倍は前のめりになり、実質的には、今回の交渉で千島全島と南樺太をすべてロシアに割譲した上で、盗人に追銭として戦争賠償金まで支払ふことに決めたのである。しかも、その自覚が全くなく、将来の果たせぬ夢の幻想と空想に浸つて自画自賛する首相が居ることが、我が国にとつて最大の不幸なのである。


政治や外交のプロであつても、占領憲法の効力論に関するプロではないために、大局観がない。これが定まらなければ、国内政治も国際政治も間違へる。


これらのプロ(専門家)は、専門バカと云ふより、バカ専門である。


プロを自称する者の驕りと油断を自覚せずして、島民の手紙を小道具としてプーチンに渡し、それを読んだプーチンが感動したことによつて交渉が円滑に進んだなどとお花畑的なマニア外交に自己満足するやうに安倍首相を唆してここまできてしまつた。


このやうな為体な状況では、絶対に北方領土も竹島も奪還できない。


では、諦めるしか方法がないのか。


否。諦めることはない。ひとつだけ起死回生の解決方法がある。


それは、救国内閣を組閣し、占領憲法が憲法ではないとする無効確認宣言を行ふとともに、ソ連が日ソ中立条約を破棄したことに見習つて、占領憲法無効確認宣言を行つたことを以て重大な事情変更を生ずることになつたことを理由に、日ソ共同宣言のうち、戦争状態を終結する条項以外のすべての条項を破棄する。


そして、新たに千島全島と南樺太の領土返還交渉を、真正な臣民による政府によつて交渉することなのである。


これは、竹島についても同様の手法によることになる。


また、拉致問題も、この領土問題と相似性があるので、この手法を用ゐるのである。


強盗犯人(ソ連、ロシア、韓国)から領土を奪還できないのも、誘拐犯人(北朝鮮)から拉致被害者を奪還できないのも、すべて占領憲法が元凶である。その認識に戻らなければならない。


拉致問題においては、人道支援と称する欺瞞と詐術に満ちた北朝鮮への援助を行つてきた政府の行為を糺さなければならない。そして、北方領土問題と同様に、占領憲法の無効確認決議を行ふとともに、北朝鮮との平成14年の日朝平壌宣言は、ミサイル発射実験や核実験を強行し、拉致問題などを誠意をもつて取り組みとした合意を反古にするなど、北朝鮮が一方的に信頼関係を破壊した違反行為を行つたこと理由に全部破棄(解除)して、仕切り直しすることである。


そして、自衛隊は帝国憲法下の軍隊であり、占領憲法第9条の制約を受けないことを確認して、その特殊部隊による拉致被害者の救出作戦を断行する強い国家意思があることを表明することによつて、完全に膠着した拉致問題を解決するための大きな一歩を踏み出すことができるのである。


憲法改正、領土、拉致など、占領憲法を憲法であるとする限りは永久に解決しえない問題があればあるほど、敗戦利得者に永久利権を与へ、国家国民が食ひ物にされる。


島民よ! 拉致被害者家族よ! 祖先から受け継いだ土地を奪はれ、身内を拉致されても、それでも盗人に追銭をし続ける政府に、もつと怒れ!


平成28年12月21日記す 憲法学会会員、弁護士 南出喜久治

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